くるくるばたばた

主に東方SSの解説や感想と、稀に漫画とかラノベとかその他。

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東方SSメモ105
 創想話無印で面白かった作品を、作品集ごとに個人的にメモしたり、なんかその作品集について適当に語ったりする記事。作品集105にて。
 スレに投げたレビュー(「作品集ごとに一気読んでレビュー」名義)の転載も入ってるかも。



『壊れやすい本の話』
 『壊れて消えたひとの話』(デルフィ氏)
 
 「そもそもあなた、あの日そんなにプリンが食べたかったわけ?」

 (ここからレビュー転載)
 「壊れやすい本の話」を前編、「壊れて消えたひとの話」を後編とした、総計243kb(うぎぎ調べ)の作品。
 この作品を一言で表すなら──あらすじでも書いているとおり、パチェあきゅである。

 パチェあきゅ。この作品はそれをやっている。やり通している。
 パチェあきゅをやり通している。言葉にしただけでは簡単に思えるであろうが、ここで一つ、それがどういうことなのかを考えてみてほしい。

 例えばゆかれいむやマリアリ等、原作で絡みがある二人ならば、読者の間で『前提』ができている。魔理沙とアリスがなんとなくイチャイチャしてようが、霊夢と紫がなんとなくちゅっちゅしていようが、まぁそんなもんなのだろうなぁという感じに、『そういうもの』として受け入れる下地ができている。これは勇パルやレティチルのような、公式で特に絡みはなくともなんとなく二次設定として受け入れられているカップリングでも同様だろう。
 しかし、パチェあきゅにはそれが無い。お世辞にもメジャーとは言えないこのカップリングには、読者の間で『前提』ができていないのだ。

 これを認識した上で再度考えてみてほしい。パチェあきゅをやり通しているとは、どういうことか。
 この作品に関して言うならば──出会いのところから。惹かれる過程から。二人の過ごす日常から。阿求の運命と、それを踏まえた二人の行き先と。それらを、読者の前提に頼ることなく、最初からしっかり描きこんでいる。
 そう、簡単に言ってしまうと、『すごく丁寧にラブコメ(コメ……?)が書けている』作品なのだ。
 それを綴る文章も、適度な装飾とフットワークの軽さを兼ね備えた、上手い──もとい、読みやすい、理解しやすい文章と言えると思う。容量としては多い方であろうが、読むのに負担を感じることは無かった。

 また、阿求とパチュリー以外のキャラの魅力をしっかり打ち出せているというのも、この作品の長所の一つだ。特にレミリアと四季映姫の二名は、ある意味この作品の全体的なイメージにも関わっているとすら言える。これはエピローグに顕著に現れているのだが──これ以上を述べると、あまりネタバレしたくない部分をネタバレせざるを得なくなってしまうため、このくらいに留めておきたい。
 ただ、少し、言うのならば。
 このお話は、よくできた、やさしい世界の物語だということだ。

 エピローグ。いつか未来、可愛らしく着飾って、黒猫が中に入ったバスケットを片手に幻想郷の空を飛ぶパチュリー・ノーレッジに、どうか出会ってほしい。


【五段階評価では分け足りないので百段階評価】78/100点
 (ここまでレビュー転載)

 よくできた、やさしい世界の物語。
 丁寧なパチェあきゅ。生まれ変わり忘れてゆく阿求に対して、パチュリーが告げた答え。「私が変えさせない」が強い。




 そのほか一言メモ。
『_____ 』(碑洟氏)が、ちょっと明るすぎるかなぁと思いながらも嫌いではないという。
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