Kanon原作版 栞ルート感想
速攻でやってみた。泣いた。号泣した。
微妙過ぎる香里の扱いに涙が止まらなかった。
そうそう、まず名雪シナリオの感想で書いたテストに関してですが、存在は確認できませんでした。念のために他のシナリオでも確認してみますが……これはやっちゃいけないんじゃなかろうか、さすがに。何故いけないのかは、そのうち書きますが……。
そうやって自分の中での原作名雪シナリオについての評価がどんどん低くなってるのを自覚しつつ、栞シナリオの感想。
全体的に、恋愛要素がかなり前面に押し出されてた感じですね。アニメとは全然印象違います。というか自分で選択肢選んだとはいえ栞ラブ過ぎる祐一が正直キモry
……あゆ、名雪と、他の人達との恋愛話も立て続けに見てきた弊害でしょうか。
アニメではなんだかんだで最終的な相手としてはあゆでしたから、栞の話は姉妹の方にベクトルをずらす必要があったのだととりあえず勝手に解釈。
ただ、香里が栞を妹だと認める場面とか、いくらなんでも唐突過ぎだと感じました。基本的に姉妹に焦点を当てていたアニメですら唐突感があったのに、ましてや主に祐一との関係を主軸にしてる原作だと……なんだかなーという感じ。私の読み取りが足りないのだろうか。
……いや、逆にそういうものなのかもしれません。香里がそれまでの考え、悲しみを直視しないために栞を妹として認めないというスタンスを崩すのに、大きなきっかけのようなものはいらないのかも。ただ、現実と向き合おうとしている栞と祐一の存在があれば、十分だったのかも。
個人的に納得できるようなどちらかと言うとわかりにくいなーという程度なので、これについてはこの辺にとどめておきます。
ところで話は変わるけれど、もしも香里のルートがあったならばなかなかいい感じにダークというかアレな感じになって最高だったんじゃないかと思うんだけどなあ。あーもうほんと残念。
あゆについて。
あゆは、祐一が栞を選んだということを理解していた様子。探し物を見つけたって言ってくるところが名雪のシナリオと全然変わらないのがなんだか物悲しいけど、逆に言うと全然変わらないってことは、やっぱり栞が助かったのもあゆが願った奇跡によるものだと。やっぱりあゆの話は他の人のをクリアしてからじゃないと出来ないようにするべきじゃないかと言いたいところだけど、真琴や舞のシナリオにおける奇跡にあゆは関係しないという話があり、アニメで見た限りもそうなので、一概にはそうとは言えないんだろうか……。
でもそれだと、Kanonって作品自体がものすごく中途半端なものに思えるんだよなあ……一本筋が通っているわけでもなければまったくばらばらというわけでもなく。私個人が、形的に小奇麗にまとまったものをなんとなく好むからだろうか。
そして、自分達が誰かの夢の中にいる、という概念。これ、原作でも出てきてたんですね。
……だからこそ、理解できないんだよなあ。どうしてそんな概念を組み入れながら、真琴や舞といった異分子をも組み込んだんだろう。ヒロインの並列化だろうか? すべてのヒロインがあゆの奇跡によって助けられるのだとすると、あゆのシナリオがあゆのルートであると同時にその世界についての解答となってしまうから。最終的にはすべてがあゆのための話だったということになってしまうから。
それこそがいいんじゃないだろうかと心の片隅で思いつつも、この辺真琴と舞のシナリオやりつつ考えてみますね。答えが出るかどうかはわかりませんが。
ところでこの概念、原作でも出てきてたんだと書きつつ、むしろこの概念を組み込んでしまったことこそがアニメにおける最大の矛盾のような気がしないでもない。というよりも、アニメではこれを組み込んでしまったからこそ、あゆが目覚めたことが矛盾しているように思えた。
あのアニメはとてもよく出来ていたと思います。けれど、この概念を組み込んだことだけは失敗だったんじゃないかなーと思ったり思わなかったり。
んでは次、真琴ルート。
微妙過ぎる香里の扱いに涙が止まらなかった。
そうそう、まず名雪シナリオの感想で書いたテストに関してですが、存在は確認できませんでした。念のために他のシナリオでも確認してみますが……これはやっちゃいけないんじゃなかろうか、さすがに。何故いけないのかは、そのうち書きますが……。
そうやって自分の中での原作名雪シナリオについての評価がどんどん低くなってるのを自覚しつつ、栞シナリオの感想。
全体的に、恋愛要素がかなり前面に押し出されてた感じですね。アニメとは全然印象違います。というか自分で選択肢選んだとはいえ栞ラブ過ぎる祐一が正直キモry
……あゆ、名雪と、他の人達との恋愛話も立て続けに見てきた弊害でしょうか。
アニメではなんだかんだで最終的な相手としてはあゆでしたから、栞の話は姉妹の方にベクトルをずらす必要があったのだととりあえず勝手に解釈。
ただ、香里が栞を妹だと認める場面とか、いくらなんでも唐突過ぎだと感じました。基本的に姉妹に焦点を当てていたアニメですら唐突感があったのに、ましてや主に祐一との関係を主軸にしてる原作だと……なんだかなーという感じ。私の読み取りが足りないのだろうか。
……いや、逆にそういうものなのかもしれません。香里がそれまでの考え、悲しみを直視しないために栞を妹として認めないというスタンスを崩すのに、大きなきっかけのようなものはいらないのかも。ただ、現実と向き合おうとしている栞と祐一の存在があれば、十分だったのかも。
個人的に納得できるようなどちらかと言うとわかりにくいなーという程度なので、これについてはこの辺にとどめておきます。
ところで話は変わるけれど、もしも香里のルートがあったならばなかなかいい感じにダークというかアレな感じになって最高だったんじゃないかと思うんだけどなあ。あーもうほんと残念。
あゆについて。
あゆは、祐一が栞を選んだということを理解していた様子。探し物を見つけたって言ってくるところが名雪のシナリオと全然変わらないのがなんだか物悲しいけど、逆に言うと全然変わらないってことは、やっぱり栞が助かったのもあゆが願った奇跡によるものだと。やっぱりあゆの話は他の人のをクリアしてからじゃないと出来ないようにするべきじゃないかと言いたいところだけど、真琴や舞のシナリオにおける奇跡にあゆは関係しないという話があり、アニメで見た限りもそうなので、一概にはそうとは言えないんだろうか……。
でもそれだと、Kanonって作品自体がものすごく中途半端なものに思えるんだよなあ……一本筋が通っているわけでもなければまったくばらばらというわけでもなく。私個人が、形的に小奇麗にまとまったものをなんとなく好むからだろうか。
そして、自分達が誰かの夢の中にいる、という概念。これ、原作でも出てきてたんですね。
……だからこそ、理解できないんだよなあ。どうしてそんな概念を組み入れながら、真琴や舞といった異分子をも組み込んだんだろう。ヒロインの並列化だろうか? すべてのヒロインがあゆの奇跡によって助けられるのだとすると、あゆのシナリオがあゆのルートであると同時にその世界についての解答となってしまうから。最終的にはすべてがあゆのための話だったということになってしまうから。
それこそがいいんじゃないだろうかと心の片隅で思いつつも、この辺真琴と舞のシナリオやりつつ考えてみますね。答えが出るかどうかはわかりませんが。
ところでこの概念、原作でも出てきてたんだと書きつつ、むしろこの概念を組み込んでしまったことこそがアニメにおける最大の矛盾のような気がしないでもない。というよりも、アニメではこれを組み込んでしまったからこそ、あゆが目覚めたことが矛盾しているように思えた。
あのアニメはとてもよく出来ていたと思います。けれど、この概念を組み込んだことだけは失敗だったんじゃないかなーと思ったり思わなかったり。
んでは次、真琴ルート。


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