読み手と創り手と信頼関係
読み手が深いと思えばどんな駄作であろうともどこまでも深くなる
あるある。結局、ある作品を本当に面白いと思えるかどうかは、その作品に、創り手に対して信頼を持てるかどうかが鍵を握ってる。ナルシシズムがあるかはよくわからないけど。
たとえば何か漫画を読んで、それが面白くなかったとする。登場キャラの心理やら感情やらが、なんだかちぐはぐであるような印象を受けたとする。
信頼が無ければ、その漫画は面白くないのだろうと判断する。登場キャラの心情がちぐはぐなのは、作者がコントロールしきれてないんだろうと思う。そこで、その漫画に対する理解は終わる。
信頼があれば、自分がその漫画をちゃんと読みきれてないんだろうと判断する。登場キャラの心情がちぐはぐなのは、自分がちゃんと読み込んでいないだけで、作者側はちゃんと一本筋の通る解釈を用意しているに違いないと考える。だから、もっと読んで考えて、それを探し求めることにする。
一見理解しがたいという点では同じであるお話に対しても、信頼があるかどうかでそれだけ変わる。
信頼を得る方法は様々で、おそらく最も一般的なのは、その作品自体を通してその作品に対する信頼を得ることなんだろうけど。ここはハヤテのごとく!がメインのブログなのでそれについて触れると、あれは作品を通してだけではなく、BSを通しても信頼を得ようとしていた感じがあるかな。これも結構重要な方法かも。
信頼がなければ深読みはしない。深読みをしないから、その作品への信頼に直結しうる何かを見つけられない。ありそうでなさそうなループ。深読みによって得られる何か、つまり作品内においてはあまり前面に押し出されるわけではなく、むしろ潜在しているような何かが好物な人だと、意外とありがちなループなのかも。私みたいに、深読みは好きだけども読む技量はあまり無い場合とか。
そういう人を釣るには、BSとか、作品外で信頼を得ようというのはなかなか効果的な気がするですよ。そうそう、作品外の信頼と言えば、その作品について感想とか考察とか書いているファンサイトも、誰かの信頼を作りあげる上で多分に重要になるはず。何かを潜在させたり、一見しただけではわからない伏線を仕込んだりしていることが多い作品だったりすると、特に。ファンサイトがんばれです。
あと、ちょっと危険かもしれないこと。
上の例で挙げたけど、ある漫画に対して信頼が無かった場合。その漫画は面白くないのだろうと判断し、登場キャラの心情がちぐはぐなのは、作者がコントロールしきれてないんだろうと思った場合。
これはその作者を自分より下に置いちゃっていて、なんとなく危険な気が。自分の読み取り能力が作者の能力より高いことを前提にしちゃってる。自分が読み取った以上に、隠された解釈などは存在しないとしている。まともに戦ったのかもわからないのに勝利宣言。なんて傲慢。
こういうのを繰り返すとあまりよろしくない気がするので、こちらから戦闘を放棄したという考え方をしようかなと思うです。自分には自身を納得させる解釈が思い浮かばなかったので、残念ながら深読みすることをやめさせていただきますってな感じ。
そういうわけで、これからはなにかの作品に対して批判めいたことをここで書いたとしても、実は心中では私は勝利宣言ではなく撤退宣言してるだけなんじゃないかな、たぶん。
それでもなんだかんだで批判めいたことばかり書いていてとても低脳に見える場合は、もう完全に考えるのをやめちゃってるんだってことでひとつ。
あるある。結局、ある作品を本当に面白いと思えるかどうかは、その作品に、創り手に対して信頼を持てるかどうかが鍵を握ってる。ナルシシズムがあるかはよくわからないけど。
たとえば何か漫画を読んで、それが面白くなかったとする。登場キャラの心理やら感情やらが、なんだかちぐはぐであるような印象を受けたとする。
信頼が無ければ、その漫画は面白くないのだろうと判断する。登場キャラの心情がちぐはぐなのは、作者がコントロールしきれてないんだろうと思う。そこで、その漫画に対する理解は終わる。
信頼があれば、自分がその漫画をちゃんと読みきれてないんだろうと判断する。登場キャラの心情がちぐはぐなのは、自分がちゃんと読み込んでいないだけで、作者側はちゃんと一本筋の通る解釈を用意しているに違いないと考える。だから、もっと読んで考えて、それを探し求めることにする。
一見理解しがたいという点では同じであるお話に対しても、信頼があるかどうかでそれだけ変わる。
信頼を得る方法は様々で、おそらく最も一般的なのは、その作品自体を通してその作品に対する信頼を得ることなんだろうけど。ここはハヤテのごとく!がメインのブログなのでそれについて触れると、あれは作品を通してだけではなく、BSを通しても信頼を得ようとしていた感じがあるかな。これも結構重要な方法かも。
信頼がなければ深読みはしない。深読みをしないから、その作品への信頼に直結しうる何かを見つけられない。ありそうでなさそうなループ。深読みによって得られる何か、つまり作品内においてはあまり前面に押し出されるわけではなく、むしろ潜在しているような何かが好物な人だと、意外とありがちなループなのかも。私みたいに、深読みは好きだけども読む技量はあまり無い場合とか。
そういう人を釣るには、BSとか、作品外で信頼を得ようというのはなかなか効果的な気がするですよ。そうそう、作品外の信頼と言えば、その作品について感想とか考察とか書いているファンサイトも、誰かの信頼を作りあげる上で多分に重要になるはず。何かを潜在させたり、一見しただけではわからない伏線を仕込んだりしていることが多い作品だったりすると、特に。ファンサイトがんばれです。
あと、ちょっと危険かもしれないこと。
上の例で挙げたけど、ある漫画に対して信頼が無かった場合。その漫画は面白くないのだろうと判断し、登場キャラの心情がちぐはぐなのは、作者がコントロールしきれてないんだろうと思った場合。
これはその作者を自分より下に置いちゃっていて、なんとなく危険な気が。自分の読み取り能力が作者の能力より高いことを前提にしちゃってる。自分が読み取った以上に、隠された解釈などは存在しないとしている。まともに戦ったのかもわからないのに勝利宣言。なんて傲慢。
こういうのを繰り返すとあまりよろしくない気がするので、こちらから戦闘を放棄したという考え方をしようかなと思うです。自分には自身を納得させる解釈が思い浮かばなかったので、残念ながら深読みすることをやめさせていただきますってな感じ。
そういうわけで、これからはなにかの作品に対して批判めいたことをここで書いたとしても、実は心中では私は勝利宣言ではなく撤退宣言してるだけなんじゃないかな、たぶん。
それでもなんだかんだで批判めいたことばかり書いていてとても低脳に見える場合は、もう完全に考えるのをやめちゃってるんだってことでひとつ。


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