StrikerSについては、フェイトさんが多少残念だった。
なのはとヴィヴィオの関係がとってつけたものにしか見えなくて、なのはとスバルの関係も中途半端というか王道過ぎるというかとりあえずそこまで楽しむところが見出せなかった私としてはやっぱりフェイトさんが大好きなのでそちらを期待したいところだったのだけど、フェイトさんの見せ場である第二十四話「雷光」もなんかよくわからなくて、数日前の記事をきっかけに多少考えているうちに楽しめなかった理由と自分のいたらない点が見えてきたのでとりあえず書いてみましたという話。
アニメに対して悲観的。二十四話最高だぜ「Pray」最高だぜという人が見ていい気持ちになれなくても知らない。いや「Pray」はいい曲だったけどね。
要するに挿入歌シーンで燃え上がれなかったのが私の敗因なのですが、スカさんことスカリエッティさんの言ってることがさっぱりわからなかったのですね。
それについての伏線っぽいものが張られていたのだと気づいたのがごく最近で、これが私の至らない点ですね。
何話だったか忘れたけど、こけたヴィヴィオをなのはさんが放置、フェイトさんが助け起こしたあのシーンとか。考えてみたら、フェイトさんにそういう側面があることの伏線っぽい。というかこれが漫画だったら、おそらく普通に気づいて伏線として解釈してる。ヴィヴィオに厳しく当たって、結果的に「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れているという解釈ね。アニメだとこういうのを見逃しがちです私。これ以外にもそういうのがあるかもしれないけど、他にありそうだったら教えてくれると嬉しいかもです。
ただ、実際に他にそういう伏線があるのかどうかは別として、それ以外に見つけられていない私には、やっぱり二十四話で盛り上がるには足りなくて。上に挙げた一つだけだと、フェイトさんに関する伏線として絶対的に不足している。
私が二十四話を楽しめなかった、その理由はおそらく二つあって、一つは、上の「伏線」がどうとでも解釈できて、結果的に伏線不足と感じられること。
こけた幼女を助け起こすのに、『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という理由付けは、必ずしも必要ではありません。もしかしたらフェイトさんにそんな理由付けは無く、単純に「子供に対してはついつい甘くしてしまう」というだけなのかもしれません。もしかしたら、放置しようとするなのはさんに反抗したかっただけなのかもしれません。フェイトさん反抗期。
んーと。
『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という面があるからついついヴィヴィオを助け起こした、というのはありだと思いますが、その逆。
ヴィヴィオを助け起こしたから、フェイトさんには『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という面がある、とするのは無理があると思うのです。必要条件とか十分条件とかいうのを思い出しました。
つまりこれだけでは示唆する内容が広すぎて、伏線としては認められないと思うのです(じゃあどのくらい狭ければ伏線と言えるのかというと、実際その辺は個人の物差し。できれば必要十分になっているのが望ましくはあるかと)。
だから普通に考えてフェイトさんに関する伏線がこれだけとは思えなくて、たぶん私が見逃しているんでしょう。私が見逃しているであろういくつかの伏線が示唆している内容、それらを重ね合わせることで、スカさんの台詞を聞かなくともスカさんの言ったフェイトさん像が見えてくるに違いない、きっと。でもそれらを見つけられていない私には伏線不足に見えてしまう、なんて身勝手な、でもこの記事はその前提ですので怒らないで。
そして、二つ目の理由。一つ目との相乗効果か何かで効果抜群になってます。
それは、エリオとキャロの説得が当たり前すぎたこと。
そう、その通りすぎるんです。
だから、フェイトさんがスカさんにいろいろ言われて悩んでるのは何なの?……と思えてしまった。
答えに意外性が無い、というと別の理解をされてしまいそうですけど。
考えてみれば今までずっとすぐそこにあって、かつ「あっ」「言われてみれば」「なるほどそうきたか」など思わされるとかそういう性質の答えじゃなく、誰がどう見てもそうだろって類の答えです。本当に当たり前すぎるんです。
だから、一つ目の理由で「フェイトさんの問題について伏線不足に感じられる」と書いた私にしたら、フェイトさんは明らかに答えの出てる問題にいきなり悩みだして、そんでへなへなしてるところに、見てる側からしたら既に出ていた答えをそのまんま伝えられて復活、「いまはーまえーだーけー♪」ってなんだそりゃって話だったのですよ二十四話は。置いてけぼり感が半端じゃなかった。
このあたり、フェイトさんの中にそういう問題があるのだという描写がはっきりして(上に挙げた一つ目の理由が克服されて)いればよかったのかというと、そりゃはっきりしてないよりはいいけど、答えが当たり前すぎるってのは変わらない部分なのでまだ半分です。
すべて物語においてこの辺がちゃんと為されてなくてはいけないと言うつもりはありませんが、でもその場合、上手くやらないと盛り上がらなくないかなあという話でした。
フェイトさんに関する伏線はきっと私が見逃したり忘れている部分があるんだろうけど、アニメだと漫画以上にそれが読み取れないんだよなあ私は。
そしてフェイトさんに限らず、いろんなキャラの関係性についての扱い、そのほとんどが中途半端だったように思えて、非常に残念……。
関係性だとか、そんな計算めいたものには関係なく周りの状況などが進んでいくということも、「物語」にはありだと思うのです。だけど、だけどなあ。
なのはStrikerSの場合、その関係性というものをぶっちぎって、それよりも「物語を進める」ことを優先している感じなのに、何故かフェイトさんやなのはさんのクライマックスなどを、関係性に帰着させているようで……うん面倒な言い方はやめよう、つまりいろいろと描写不足だった気がするよ。少なくとも、なのはさんやフェイトさんを主人公的な位置にいるキャラとして話を進めるには。
アニメに対して悲観的。二十四話最高だぜ「Pray」最高だぜという人が見ていい気持ちになれなくても知らない。いや「Pray」はいい曲だったけどね。
要するに挿入歌シーンで燃え上がれなかったのが私の敗因なのですが、スカさんことスカリエッティさんの言ってることがさっぱりわからなかったのですね。
さっぱりわからなかったんです、これが。いや正確に言うと、スカさんの言ってることは理解できたんですけど、そこでフェイトさんが図星を突かれたように顔を歪めていくのが理解できなかったんです。え、なんかスカさんの言ってること当たってるっぽいけど、フェイトさんってそうだったの?……と。そして、そうだったとして、どうして精神的ダメージ受けてるんだろうと。「私は自分で作り出した生体兵器達。君は自分で見つけ出した、自分に反抗する事の出来ない子供達。それを自分の思う様に作り上げ、自分の目的の為に使っていく」
「違うかい? 君もあの子達が自分に逆らわない様に教え込み、戦わせているだろう? 私がそうだし、君の母親も同じさ。周りの全ての人間は、自分の為の道具に過ぎない……そのくせ君達は、自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ」
「実の母親がそうだったんだ、君もいずれああなるよ……間違いを犯すことに怯え、薄い絆にすがって震え、そんな人生など無意味だと思わんかね?」
それについての伏線っぽいものが張られていたのだと気づいたのがごく最近で、これが私の至らない点ですね。
何話だったか忘れたけど、こけたヴィヴィオをなのはさんが放置、フェイトさんが助け起こしたあのシーンとか。考えてみたら、フェイトさんにそういう側面があることの伏線っぽい。というかこれが漫画だったら、おそらく普通に気づいて伏線として解釈してる。ヴィヴィオに厳しく当たって、結果的に「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れているという解釈ね。アニメだとこういうのを見逃しがちです私。これ以外にもそういうのがあるかもしれないけど、他にありそうだったら教えてくれると嬉しいかもです。
ただ、実際に他にそういう伏線があるのかどうかは別として、それ以外に見つけられていない私には、やっぱり二十四話で盛り上がるには足りなくて。上に挙げた一つだけだと、フェイトさんに関する伏線として絶対的に不足している。
私が二十四話を楽しめなかった、その理由はおそらく二つあって、一つは、上の「伏線」がどうとでも解釈できて、結果的に伏線不足と感じられること。
こけた幼女を助け起こすのに、『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という理由付けは、必ずしも必要ではありません。もしかしたらフェイトさんにそんな理由付けは無く、単純に「子供に対してはついつい甘くしてしまう」というだけなのかもしれません。もしかしたら、放置しようとするなのはさんに反抗したかっただけなのかもしれません。フェイトさん反抗期。
んーと。
『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という面があるからついついヴィヴィオを助け起こした、というのはありだと思いますが、その逆。
ヴィヴィオを助け起こしたから、フェイトさんには『「自分に向けられる愛情が薄れる」のを恐れている』という面がある、とするのは無理があると思うのです。必要条件とか十分条件とかいうのを思い出しました。
つまりこれだけでは示唆する内容が広すぎて、伏線としては認められないと思うのです(じゃあどのくらい狭ければ伏線と言えるのかというと、実際その辺は個人の物差し。できれば必要十分になっているのが望ましくはあるかと)。
だから普通に考えてフェイトさんに関する伏線がこれだけとは思えなくて、たぶん私が見逃しているんでしょう。私が見逃しているであろういくつかの伏線が示唆している内容、それらを重ね合わせることで、スカさんの台詞を聞かなくともスカさんの言ったフェイトさん像が見えてくるに違いない、きっと。でもそれらを見つけられていない私には伏線不足に見えてしまう、なんて身勝手な、でもこの記事はその前提ですので怒らないで。
そして、二つ目の理由。一つ目との相乗効果か何かで効果抜群になってます。
それは、エリオとキャロの説得が当たり前すぎたこと。
その通り。まったくもってその通り。私がもっと前からなのはにのめりこんでいたのなら、道を間違えた母親に対してどこまでも付き従ったかつての自分と叱って連れ戻すというエリオキャロについてフェイトさんの思うこととかいろいろと妄想を振りかざしていたんだろうけど、それはおいといてこの説得、まったくもってその通りです。エリオとキャロはそれまでそんなふうに描かれてましたし、フェイトさん含め三人の関係も、それまでの話でそう見えていました。「無意味なんかじゃない!」
「僕たちは自分で、自分の道を選んだ」
「フェイトさんは、行き場の無かった私に温かい居場所を見つけてくれた」
「たくさんの優しさをくれた」
「大切なものを守れる幸せを教えてくれた」
「助けてもらって、守ってもらって、機動六課でなのはさんに鍛えてもらって」
「やっと少しだけ、立って歩けるようになりました」
「フェイトさんは、何も間違ってない」
「不安なら私達がついてます。困った時は助けに行きます」
「もしも道を間違えたら、僕たちがフェイトさんを叱って、ちゃんと連れ戻します。僕達が……みんながついてる」
そう、その通りすぎるんです。
だから、フェイトさんがスカさんにいろいろ言われて悩んでるのは何なの?……と思えてしまった。
答えに意外性が無い、というと別の理解をされてしまいそうですけど。
考えてみれば今までずっとすぐそこにあって、かつ「あっ」「言われてみれば」「なるほどそうきたか」など思わされるとかそういう性質の答えじゃなく、誰がどう見てもそうだろって類の答えです。本当に当たり前すぎるんです。
だから、一つ目の理由で「フェイトさんの問題について伏線不足に感じられる」と書いた私にしたら、フェイトさんは明らかに答えの出てる問題にいきなり悩みだして、そんでへなへなしてるところに、見てる側からしたら既に出ていた答えをそのまんま伝えられて復活、「いまはーまえーだーけー♪」ってなんだそりゃって話だったのですよ二十四話は。置いてけぼり感が半端じゃなかった。
このあたり、フェイトさんの中にそういう問題があるのだという描写がはっきりして(上に挙げた一つ目の理由が克服されて)いればよかったのかというと、そりゃはっきりしてないよりはいいけど、答えが当たり前すぎるってのは変わらない部分なのでまだ半分です。
すべて物語においてこの辺がちゃんと為されてなくてはいけないと言うつもりはありませんが、でもその場合、上手くやらないと盛り上がらなくないかなあという話でした。
フェイトさんに関する伏線はきっと私が見逃したり忘れている部分があるんだろうけど、アニメだと漫画以上にそれが読み取れないんだよなあ私は。
そしてフェイトさんに限らず、いろんなキャラの関係性についての扱い、そのほとんどが中途半端だったように思えて、非常に残念……。
関係性だとか、そんな計算めいたものには関係なく周りの状況などが進んでいくということも、「物語」にはありだと思うのです。だけど、だけどなあ。
なのはStrikerSの場合、その関係性というものをぶっちぎって、それよりも「物語を進める」ことを優先している感じなのに、何故かフェイトさんやなのはさんのクライマックスなどを、関係性に帰着させているようで……うん面倒な言い方はやめよう、つまりいろいろと描写不足だった気がするよ。少なくとも、なのはさんやフェイトさんを主人公的な位置にいるキャラとして話を進めるには。


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