くるくるばたばた

ハヤテのごとく!をメインに、漫画ラノベその他について書くブログ。

ムシウタ06. 夢導く旅人

 そんなこんなで六巻。基本的にサイドストーリーで、主人公だってほとんど出てこない……のだけど、個人的には既刊の中で一番面白いと思う。
 獅子堂戌子は非常にやばい。実は立花利菜と一之黒亜梨子の次にプッシュしてたり。ひはっこと鯱人もちまたで言われてるほど悪いとは思わない……むしろ、この壊れ気味の二人だからこそ良いのではないかと。
 このムシウタシリーズ、六巻から先はどうしてか、それぞれ一冊丸々使って何かしらの対比構造を形作っている。その対比という要素に関しても、六巻がやはり一番いい感じ。以下、ネタバレありありですよー。


 この作品における「夢」が「願望」と置き換えられる以上、それがマイナスの属性を持ってるってことも確かにありえること。三巻の白樫初季もそうであったけれど、彼女が最初に抱いた気持ちは違っていて、それを詩歌がまた示してあげたから、初季はそこについては救いがあったけれど。今回のは、最初からそうであった人たちのお話。
 それぞれが抱く夢の象徴である"虫"は、しかし"始まりの三匹"によって、その瞬間抱いた気持ちを元に掘り起こされるもの。後からそれを否定しようとしたところで決してできず、ただ"虫"だけがその気持ちを抱いてしまった証拠として残り続けるだけ、みたいな。
 今までこのシリーズで描かれてきた事柄の裏返し。夢という希望を持って戦ってきた人たちを描いてきたからこその絶望。この巻で扱われてるのは、そういう部分。

 ──んで。この巻の内容そのものについては、上に書いた通り。
 でも、それだけでなく、もっと大きな、ムシウタにおける世界そのものの形が示されてるような気がして──とりあえず、「誰の夢もどこかでつながっている」は最強の死亡フラグと相成りました。
 獅子堂戌子は作中時間ではそれなりに昔から戦っている、世代としてはbugかそれより少し前の人間であるためか、彼女のお話は、ある程度作中内の歴史を背負っているというか。それゆえに、彼女のお話は、ムシウタのお話をある程度凝縮している部分があるというか、薬屋大助、土師圭吾、そして塩原鯱人らと彼女の関係は、なんというか、ムシウタというお話の最小単位を形作っているような印象でした。……うん、よくわからんね。

 設定的には、特殊型の虫についていくつか明かされたり、"浸父"についていくつか明かされたり。戌子と大助の会話については、できれば四巻あたりで伏線張ってて欲しかったとは思うけれど。まあ仕方ないか。
 そして土師さんの名前がまったく意外なことにあんなところで出てきて、しかし土師さんの名前があんなところで出てくるのがまったく意外に感じられないのはすごいことだと思いました。

 なんでだろう、立花利菜も一之黒亜梨子も獅子堂戌子もみんないなくなって、それはすごく残念なことで、いなくならないでほしかったとは思うけれど、でも蘇ってほしいとはあまり思えない不思議。そんなふうに構築されたお話だからかもしれないけれど。
 世代交代が描かれてるんですよ。全編通して見るとそれがはっきりしていて、しかもそれをすごく綺麗に描いている。古き時代の役者は退場しなくてはならない。とても基本にのっとっていて、そこを曲げるといろんなことがおかしくなりかねないから。
 ……このあたりの話は、bugの方が完結してからまたいつか。

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