絶対可憐チルドレン 現実と理想
・雑記 二月一六日(しっぽきり)
椎名先生が直々にそれについて触れた後で言及するというのも何かしら悔しい気分になるのですが、どっちみちこのエピソードに関しては、久々に何か書こうと思っていたので。
須磨さん。悪い人ではないですよね、たぶん。
少なくとも、前者に関しては何一つ間違っちゃいないです。
そして後者、彼女のエスパーについての認識。結局は、ここなんですよね。
おそらく、絶チル世界に既にできていると思われる環境で考えるなら──「そうする以外あんたたちにはこの世に居場所がない」というのが真なら──須磨さんのは、一つのやり方として十分ありだと思います。むしろ、チルドレンのことを本当に考えてるんだとすら。
そう、すでに、居場所は用意されてはいるんです。ただそれが、チルドレンの望むものとは違っていたというだけの話で。
須磨さんはそれ以外の居場所はないのだと信じ、チルドレンはそれ以外の居場所の存在を信じていたと。
そして皆本は、それ以外の居場所があるのだと知っていた。だから須磨さんに賛同できるわけが無いんですね。
結局のところ、確実性の高い現実と低い理想では、チルドレンは後者に揺れる子たちだったというだけ。前者に振れるようだったら、いつか未来に須磨さんに感謝することになってたのかもしれないです。
須磨さんは、悪い人ではないのです。チルドレンと合わなかっただけなのです。
一一九話にて結局ブチ切れちゃったところとか、電撃首輪とか……いろいろ印象悪くするところもあるけれど、その辺私は、仕方ないんじゃないかなと思えるくらいの幼さは持ってます。仕方ないよあれは。異論は認めます。
ていうかむしろチルドレンの方がひどいんじゃねーのと気になるくらいです。重ね重ね、幼いなあと思いますが。
だってあの子たち、「あんた人生終わったわね。一生刑務所暮らしよ」と眼前で言われてる皆本を普通に見捨てる気満々というか、むしろ気にすらしてないんですよ。さすがにひどくねえ? 皆本とチルドレンが現在では仲睦まじいから、余計にそう思えるのかもしれないけど。
チルドレンはチルドレンでそれまでいろいろと鬱屈した環境にあったんだろうけど、それにしても、善意で助けてくれた相手を微塵の躊躇もなく切り捨てるか。これはちょっともにょっただわさ。
……このエピソードはいくつか考えることが出てきて楽しいかも。最終的な興味は、この当時のチルドレンは子供として扱われるべきなのか、そうではないものとして扱われるべきなのか。
子供とするなら、やっぱり須磨さんの方が正当性を含んでる気がする。電撃首輪も含めて。感情に任せて暴力をふるう高超度エスパーは猛獣と同じ。そこは「しつけ」に甘んじるべきな気が……皆本に出会い頭に念動力ぶつけたのだって、皆本だから軽く流されてるけど、一般人だったらどうすんのよって話です。
でも、それ以外とするなら──子供ではないもの(≒大人、いち個人)とするなら、いやしかしそれだとやっぱり、皆本を見捨てる精神性が許容しがたくなっちゃう。うーん、そんなに私は皆本を見捨てるのが気に入らないのだろうか。
たぶん子供として見るべきなんですよ。須磨さんのしつけに甘んじるべきなんですよ。
ただ、私たちには、「結果的に皆本のもとでチルドレンは救われた」という先入観があるので、どうしても皆本に正しさを見てしまう。須磨さんに正しさを求めようとするのは、外れとわかっているくじを引くようなものに感じてしまうのです。
まあ、須磨さんドンマイってことで。私は紫穂さえしおらしくあれば他のすべてがどうでもいい。
椎名先生が直々にそれについて触れた後で言及するというのも何かしら悔しい気分になるのですが、どっちみちこのエピソードに関しては、久々に何か書こうと思っていたので。
須磨さん。悪い人ではないですよね、たぶん。
感情に任せて暴力をふるう高超度エスパーは、猛獣と同じよ。
というか、素晴らしいじゃないですか。任務だけはキッチリこなしなさい。そうする以外あんたたちには──この世に居場所がないってこと、忘れるんじゃないわよ!
少なくとも、前者に関しては何一つ間違っちゃいないです。
そして後者、彼女のエスパーについての認識。結局は、ここなんですよね。
おそらく、絶チル世界に既にできていると思われる環境で考えるなら──「そうする以外あんたたちにはこの世に居場所がない」というのが真なら──須磨さんのは、一つのやり方として十分ありだと思います。むしろ、チルドレンのことを本当に考えてるんだとすら。
そう、すでに、居場所は用意されてはいるんです。ただそれが、チルドレンの望むものとは違っていたというだけの話で。
須磨さんはそれ以外の居場所はないのだと信じ、チルドレンはそれ以外の居場所の存在を信じていたと。
そして皆本は、それ以外の居場所があるのだと知っていた。だから須磨さんに賛同できるわけが無いんですね。
結局のところ、確実性の高い現実と低い理想では、チルドレンは後者に揺れる子たちだったというだけ。前者に振れるようだったら、いつか未来に須磨さんに感謝することになってたのかもしれないです。
須磨さんは、悪い人ではないのです。チルドレンと合わなかっただけなのです。
一一九話にて結局ブチ切れちゃったところとか、電撃首輪とか……いろいろ印象悪くするところもあるけれど、その辺私は、仕方ないんじゃないかなと思えるくらいの幼さは持ってます。仕方ないよあれは。異論は認めます。
ていうかむしろチルドレンの方がひどいんじゃねーのと気になるくらいです。重ね重ね、幼いなあと思いますが。
だってあの子たち、「あんた人生終わったわね。一生刑務所暮らしよ」と眼前で言われてる皆本を普通に見捨てる気満々というか、むしろ気にすらしてないんですよ。さすがにひどくねえ? 皆本とチルドレンが現在では仲睦まじいから、余計にそう思えるのかもしれないけど。
チルドレンはチルドレンでそれまでいろいろと鬱屈した環境にあったんだろうけど、それにしても、善意で助けてくれた相手を微塵の躊躇もなく切り捨てるか。これはちょっともにょっただわさ。
……このエピソードはいくつか考えることが出てきて楽しいかも。最終的な興味は、この当時のチルドレンは子供として扱われるべきなのか、そうではないものとして扱われるべきなのか。
子供とするなら、やっぱり須磨さんの方が正当性を含んでる気がする。電撃首輪も含めて。感情に任せて暴力をふるう高超度エスパーは猛獣と同じ。そこは「しつけ」に甘んじるべきな気が……皆本に出会い頭に念動力ぶつけたのだって、皆本だから軽く流されてるけど、一般人だったらどうすんのよって話です。
でも、それ以外とするなら──子供ではないもの(≒大人、いち個人)とするなら、いやしかしそれだとやっぱり、皆本を見捨てる精神性が許容しがたくなっちゃう。うーん、そんなに私は皆本を見捨てるのが気に入らないのだろうか。
たぶん子供として見るべきなんですよ。須磨さんのしつけに甘んじるべきなんですよ。
ただ、私たちには、「結果的に皆本のもとでチルドレンは救われた」という先入観があるので、どうしても皆本に正しさを見てしまう。須磨さんに正しさを求めようとするのは、外れとわかっているくじを引くようなものに感じてしまうのです。
まあ、須磨さんドンマイってことで。私は紫穂さえしおらしくあれば他のすべてがどうでもいい。


ふーん
そして自分の子供にも電撃首輪を付けることを容認するのかな?
「紫穂がしおらしく」?紫穂があなたの注文を聞くはずがないじゃないですか。お笑いだね。