ハヤテのごとく! 166話
今週のMVPはエアギアのオチだな……正直、あの発想は無かった。
神父さんさっさと成仏しねえかなあ……と思いました。そんな一六六話。
神父さんが嫌いなわけではないけれど、彼が出てくるたびになんだか言葉で言い表せないような、胸がざわつくというか、何かが削り取られるような感触を受けているのですが、はいつまりそれってあれなんですね、神父さんという「既に死んだ人」が好き勝手にいろいろやっちゃってることで、この作品における「死」というものの切なさにずんずんとおかしなものが混ざっていってるというか、かつて下田編で感じた何かに埃が積もっていってるというか、ねえ。
自分でも微妙に持て余す感覚なのですが、神父さんがいること自体はたぶんなんでもないのです。ただ、好き勝手にいろんなことができちゃうっていうのが。まあ、伊澄の手を借りてというものではあるけど。なんか、こう、もやもや。
そういうお話がナギとは別のところで行われているというのが救いではある、いやむしろ、これが最低の境界条件か。ここを越えて、それでも普通にコメディやっていられるとはあんまり思えず……。
ところでこれは感想なので思ったことをそのまま書けばいいやと思うのです。
十三巻の五話や六話のせいでか、伊澄さんと神父が出てくると下田編を思い出すのが癖になりつつあり。
十四ページ目の三コマ目、咲夜が我に返るシーン。このコマで「あれ?」の右部分が黒くなっています。単なる手抜きと考えるのは味気ないので、他の考え方──咲夜が我に返る瞬間を描写しているのだと捉えます。咲夜の視点で見てみるのです。伊澄さんの術によってどこかに飛ばされていた咲夜の意識が、「どこか暗いところ」から浮き上がってくるような感じで──「あれ?」と我に返る。この描写に関しての捉え方については、たぶんそんなにおかしなことは書いていないと思います。……だよね? これは普通だよね? 時間の経過を示してる? そんなの知らないよ? それはさておきここからはちょっと飛んでくよ?
で、伊澄さんが人格入れ替えについて「できますよ」とシンプルに答えるのではなく「憑依の類ですから」と情報提示していることに注目。
「暗いところ」と「憑依」。この二つの言葉から思い出すのは、伊澄さんがかつてナギに施し、そしてトラウマを残してしまった術のこと。
今回伊澄さんは咲夜に対して使った術では、咲夜は術が行使されている間意識が無かった(その状態で「暗いところ」にいた)と思われるけど、ナギに使った術では、そこをミスったんじゃないかなと思ったということ。意識がある状態で、ナギの意識を暗いところに押し込めたんじゃないか、とか。
言い換え。咲夜に今回施した術で、さらに、術を受けている咲夜が神父と会話できるようにした(が、神父は咲夜の体を扱うことはできないという)ものがかつてナギにかけた術であり、そこのミスで、ナギを暗闇に閉じ込めてしまった(おそらくは母親との会話もさせてあげられなかった)とか。そもそも会話をさせようとしているので、ナギの意識もなくてはならないし。
うーん、更に言い換え。
ナギに紫子さんを憑依させて、二人の意識下で会話をさせるというような術をかけたけれど、その際、ナギの意識を暗いところに閉じ込めてしまった、とか。単純化完了。
当時の伊澄さんは「会わせてあげる事はできなくても、声くらいは聞かせてあげる事ができる」と思っていて、これってつまり、今回のように、他人に憑依させて会わせることはできないってことで。
んーと、今回のハヤテを当時のナギ、神父を紫子さんに置き換えると、かつての伊澄さんが今回使った術を使えるなら、ハヤテが肉体を持った神父さんに「会った」ように、ナギも紫子さんに「会えた」ことになっちゃいます。つまり当時の伊澄さんは、今回のような完全な憑依は使えなかった……というのもチェック。
ナギが怖がっているのがオバケとかというのではなく、「暗闇」っぽい……と少なくとも畑先生が言いたがってる印象があるのもチェック。それは、七巻八話を読めば感じるかと。ってか読み返してみると、ここもなかなか強引に話を持ってきてるなあ。
「ナギが暗闇を怖がるようになった」ことに対しての伊澄さんの思いは「自分が未熟で失敗した」。
ここには前々から違和感はあったんです……たとえば術の効果で伊澄さんが周囲を暗くしてしまい、それをナギが怖がったとしても、「自分が未熟で失敗した」ということにはならないだろうし。
今回の話を元にすると「暗闇」と「失敗」がいい感じに結びつきそうな印象を得たので、なんだかキュピンキュピンと妄想をつなげてみました。
あとはまあ、まがりなりにもこの妄想を通すために考えるべきは、伊澄さんの心情なんだけど……下田の時点ではっきりしてないしなあ。
そもそも彼女には、トラウマを克服したという意識があるのだろうか。いや、でも下田を通して吹っ切ったつもりなのか……?
うーん、感覚的には、伊澄さんの心情はそこまでつっかかるところもないような気がするんだけどなあ。というか疲れたからこの辺で終わりにします。来週は伊澄さん話ー。
神父さんさっさと成仏しねえかなあ……と思いました。そんな一六六話。
神父さんが嫌いなわけではないけれど、彼が出てくるたびになんだか言葉で言い表せないような、胸がざわつくというか、何かが削り取られるような感触を受けているのですが、はいつまりそれってあれなんですね、神父さんという「既に死んだ人」が好き勝手にいろいろやっちゃってることで、この作品における「死」というものの切なさにずんずんとおかしなものが混ざっていってるというか、かつて下田編で感じた何かに埃が積もっていってるというか、ねえ。
自分でも微妙に持て余す感覚なのですが、神父さんがいること自体はたぶんなんでもないのです。ただ、好き勝手にいろんなことができちゃうっていうのが。まあ、伊澄の手を借りてというものではあるけど。なんか、こう、もやもや。
そういうお話がナギとは別のところで行われているというのが救いではある、いやむしろ、これが最低の境界条件か。ここを越えて、それでも普通にコメディやっていられるとはあんまり思えず……。
ところでこれは感想なので思ったことをそのまま書けばいいやと思うのです。
十三巻の五話や六話のせいでか、伊澄さんと神父が出てくると下田編を思い出すのが癖になりつつあり。
十四ページ目の三コマ目、咲夜が我に返るシーン。このコマで「あれ?」の右部分が黒くなっています。単なる手抜きと考えるのは味気ないので、他の考え方──咲夜が我に返る瞬間を描写しているのだと捉えます。咲夜の視点で見てみるのです。伊澄さんの術によってどこかに飛ばされていた咲夜の意識が、「どこか暗いところ」から浮き上がってくるような感じで──「あれ?」と我に返る。この描写に関しての捉え方については、たぶんそんなにおかしなことは書いていないと思います。……だよね? これは普通だよね? 時間の経過を示してる? そんなの知らないよ? それはさておきここからはちょっと飛んでくよ?
で、伊澄さんが人格入れ替えについて「できますよ」とシンプルに答えるのではなく「憑依の類ですから」と情報提示していることに注目。
「暗いところ」と「憑依」。この二つの言葉から思い出すのは、伊澄さんがかつてナギに施し、そしてトラウマを残してしまった術のこと。
今回伊澄さんは咲夜に対して使った術では、咲夜は術が行使されている間意識が無かった(その状態で「暗いところ」にいた)と思われるけど、ナギに使った術では、そこをミスったんじゃないかなと思ったということ。意識がある状態で、ナギの意識を暗いところに押し込めたんじゃないか、とか。
言い換え。咲夜に今回施した術で、さらに、術を受けている咲夜が神父と会話できるようにした(が、神父は咲夜の体を扱うことはできないという)ものがかつてナギにかけた術であり、そこのミスで、ナギを暗闇に閉じ込めてしまった(おそらくは母親との会話もさせてあげられなかった)とか。そもそも会話をさせようとしているので、ナギの意識もなくてはならないし。
うーん、更に言い換え。
ナギに紫子さんを憑依させて、二人の意識下で会話をさせるというような術をかけたけれど、その際、ナギの意識を暗いところに閉じ込めてしまった、とか。単純化完了。
当時の伊澄さんは「会わせてあげる事はできなくても、声くらいは聞かせてあげる事ができる」と思っていて、これってつまり、今回のように、他人に憑依させて会わせることはできないってことで。
んーと、今回のハヤテを当時のナギ、神父を紫子さんに置き換えると、かつての伊澄さんが今回使った術を使えるなら、ハヤテが肉体を持った神父さんに「会った」ように、ナギも紫子さんに「会えた」ことになっちゃいます。つまり当時の伊澄さんは、今回のような完全な憑依は使えなかった……というのもチェック。
ナギが怖がっているのがオバケとかというのではなく、「暗闇」っぽい……と少なくとも畑先生が言いたがってる印象があるのもチェック。それは、七巻八話を読めば感じるかと。ってか読み返してみると、ここもなかなか強引に話を持ってきてるなあ。
「ナギが暗闇を怖がるようになった」ことに対しての伊澄さんの思いは「自分が未熟で失敗した」。
ここには前々から違和感はあったんです……たとえば術の効果で伊澄さんが周囲を暗くしてしまい、それをナギが怖がったとしても、「自分が未熟で失敗した」ということにはならないだろうし。
今回の話を元にすると「暗闇」と「失敗」がいい感じに結びつきそうな印象を得たので、なんだかキュピンキュピンと妄想をつなげてみました。
あとはまあ、まがりなりにもこの妄想を通すために考えるべきは、伊澄さんの心情なんだけど……下田の時点ではっきりしてないしなあ。
そもそも彼女には、トラウマを克服したという意識があるのだろうか。いや、でも下田を通して吹っ切ったつもりなのか……?
うーん、感覚的には、伊澄さんの心情はそこまでつっかかるところもないような気がするんだけどなあ。というか疲れたからこの辺で終わりにします。来週は伊澄さん話ー。


そういう点でいえば、シリアス(であろう)な大筋を進行させるために、ギャグ話をやっているなのかもしれませんね。
そういえば、畑先生って、取り返しのつかないキャラの切り方って未だにしてないんですよね。成仏とか死亡(元から死んでる人のぞいて)とか。留学中の野々宮もBS見てると戻ってきそうですし。
>伊澄さんの術
どうなんでしょうねー。
前提条件として、神父は容易に現地調達できたそこら辺にいる幽霊、紫子さんの場合は(明らかではないですが、おそらく)冥界的なところにいた魂であることを考えると、違う術のような気もします。憑依というよりは、冥界的なところに空間を繋げてどうのこうの的な?
あんまり関係ないですが、憑依させても表面上は問題のない生きているハヤテじゃなく、問題行動起こしそうな幽霊の神父使ってるところを見ると、生霊より死霊のほうが憑依させやすいのかな?
>心情
ついてないと信じたいです。
下田編に関しては解決というより、紫子さん絡みの話の発端だといいなーと思ってます。