くるくるばたばた

ハヤテのごとく!をメインに、漫画ラノベその他について書くブログ。

アスラクライン7巻 凍えて眠れ

 六巻までは準備期間。それ自体にはそこまで面白みが無い。
 しかし、七巻から物語が走り始めたというか……ついに、後戻りができないスタートを切ったという感じ。
 六巻までの、それぞれが本気であるはずながらどこかそうでないような……全体に立ち込めていたコミカルな雰囲気も、この展開を後押ししてる。このお話、いかにも惰性で読んでしまいそうで、実際六巻まではそうだったけど、この先はそうではなくなりそう。


 いや、まあ、私も単純だとは思います。誰かが死んだということで、こうも簡単に心が動くとは。
 でも、こう……作者さんもいつかのあとがきで使ってた単語だけど、見事に「反転」しちゃって。だってそうでしょう。六巻までで主要な登場人物が出てきた感があり、その六巻第三話の「おしえて生徒会長!」とか……異なる勢力に属する人たちが一緒に日常を過ごすお話を挟んでおいて。今までに築き上げられてきた人間関係は、主義主張こそ異なっていても、決して悪いものではない。なんだかんだで協力し合って、みんな笑って大団円を迎えるのではないか……と夢想させておいて、しかしまったく躊躇なく、一人が消えた。見事に、持ち上げて落とされたよ。

 誰もが、淡々としてるんですね。朱浬さんも冬琉も、そして六夏に至るまでも。誰か二人だけが助かるという状況で、迷わず智春と奏にそれを譲る。
 そして何より、佐伯兄と哀音の間にも、何の言葉も無いんですね。覚悟を問うことも無い。「すまない」と謝ったりすることも無い。これを認識した時、すべてが、すとんと納得できた気がしました。淡々としているという印象の根源にあるのがここなのですが、この巻で最も心を動かされたのは、ここをおいて他にありません。

 この人たち、とっくにすべてを納得して受け入れて、覚悟なんてものは遥か昔に済ませていた。
 今までの、みんなどこかふざけているような、全体に立ち込めていたコミカルな雰囲気は、逆にそれら──納得と覚悟を前提とし、土台としたものだった。
 そうして見ると、今までのお話に感じていた倦怠感すら、反転してしまいそう。間違いなく、長い助走期間を終え、この巻で物語は本当の意味で走り出してる。

 八巻で「その後の話」が描かれているのを見たら、哀音の視点で物語を振り返ってみるのもいいかもしれない。おそらくそこには、この本を漫然と眺めるよりも、よっぽど優しいお話があったのだろうから。

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